ヨルシカが音と言葉で紡ぐ物語、
その入り口となる曲5選

記念すべき1作目「夏草が邪魔をする」に収録された楽曲。どこかコミカルささえ感じさせる弾んだ音に乗って始まり、メロディアスなサビへつながっていくポップな曲調ながら、歌詞にも歌声にも憂いや切なさが滲むこの曲は、2度と会えなくなった相手に対する思いを綴っているのだが、同じアルバムに収録された「雲と幽霊」では、その逆側からの思いが描かれている。このように、ヨルシカの楽曲には同じモチーフがたびたび登場したり、同じ事象が別の視点から歌われたり、対となったものが数多く存在し、聴く側にとってはそこに発見や考察の余地がふんだんに用意されていることも魅力のひとつだ。なお、この曲に登場する“2人”は、次作の「負け犬にアンコールはいらない」にも登場する。

洋楽、邦楽問わず、時代やジャンルの隔たりなくありとあらゆる音楽をリファレンスとするn-bunaだが、その中でも特にルーツでもあり、音楽活動を始めてからも同時代の音楽として身近で鳴っていたのが邦楽ロックだ。ヨルシカにおいても初期は特にサウンドの中核であったロック調のナンバーの中でも、ひとつの到達点と呼べるのがこの曲だろう。キャッチーかつどこか和の要素を感じさせるリフやメロディ、速めのテンポ、シンガロングできそうなコーラス部、クラップが起きそうなドラムの四つ打ちも織り込んでいたりと、ライブアンセムとなる要素がすべて詰まった、2010年代のロックシーンへのヨルシカからの解答とも呼べる仕上がりとなっている。

アニメ映画「泣きたい私は猫をかぶる」の主題歌。ヨルシカの認知度や人気をネットの外側へと一気に押し広げた1曲と言える。タイアップソングとして作品の世界観に寄り添うものでありながら、自身の3rdアルバム「盗作」の最後を飾る重要なピースでもあるこの曲では、優しく語りかけるようなsuisの歌声を、アコギとピアノを基調として音数を抑えたミドルテンポのサウンドが引き立てている。n-bunaが「夏が好き」と公言している通り、彼らの楽曲には以前から夏の情景を描写したものが数多く存在するが、この曲では夏という季節の持つ要素のうち、眩さや儚さといった部分を見事に描ききっている。

EP「創作」の収録曲。テレビCMでも大々的に流れているので耳にした方も多いのでは。曲調そのものや男声のコーラスを交えたボーカルの素晴らしさもさることながら、特筆すべきは歌詞における言葉選びのセンスとそのはまり方だろう。例えば「はらり、」で始まり「晴れり 今、春吹雪」と締めるサビなど、一聴して字面まではわからないながら音として日本語の美しさを感じさせたり、随所で韻を踏んでいたりするあたりは、歌人や俳人の作品も愛読しているというn-bunaの真骨頂。それらがきちんとメロディにも合っている。それでいながら「踏む韻さえ億劫」「言葉如きが語れるものか」という一節が登場するシニカルさもいい。

10月6日にリリースされる最新曲。一聴してまず、ジャジーなコード感を持つ打ち込みサウンドの感触に驚かされること請け合いだ。これまでも「逃亡」のようなジャズ要素＋サンプリングを用いたアプローチ自体は存在していたものの、もっともっとディープでミニマル。ビートとボーカルしか鳴っていない箇所もあったり、吐息の音をリズム楽器のように嵌め込んでいたりと実験的な試みも随所に見受けられる。歌詞からは、これまでにないくらい荒涼とした景色と、ほとんど自暴自棄のような主人公像が見て取れ、これが果たしてどのような物語の、どのような役割を果たすことになるのか、期待と想像を掻き立ててくれる。ちなみに、「創作」リリース後の作品群にはどれも文学作品を連想させるタイトルが付いており、この曲は萩原朔太郎の詩集と同名である。